愚痴でござんす


2017/12/29
「影響を受けるのは大切だが、それと同じくらい影響を受けないのも大切だ。」

ほんとそう思う。
ずっとそう思ってたんだけどそういうこと言う人って私の周りには全くいなくて、これはとある本の一節。
そもそも影響を受ける受けないって自分でコントロールできるの?それなのにどっちかが大事だなんて決められるの?それって危険な善悪二元論じゃん。って思ってた。
大事なのは、影響を受けた時に素直にそれを受け入れること、影響を受けなかった時に素直にそれを受け入れること。だと思う。
そういうスタンスだと、たまに私はとてつもなく極端な人間であるかのように思われる。
他の人の言うことは聞かないのにあの人の言うことは真に受ける!みたいな。
そんなふうに思われるのは仕方ないと思う。そういうとこは白黒はっきりしている性格だと思うし。
でもいつも突発的感情で口を開いてるのではない。
というか、時間を使ってを熟考しなければ考えがまとまらないタイプなので、口を開く頃にはじゅうぶんに自分の考えに自信を持っている。
が、理解されない。極端の一言で片付けられる。不愉快だ。
まぁそのように私を評価している人間は私のことなどそもそも見ていないし、見ようともしていない。(私自身も彼らのことなど見ていないのかもしれない)
そんな相手には私もいちいち説明しないようにしているが、あまりにも極端だ極端だと言われすぎると不愉快なのである!ぷんぷん!

世の中にはいろんな人がいる。
みんなそれぞれ自分の辞書と物差しを持ってて、言葉の定義も物差しの使い方も異なる。
真実が異なる場合もある。私の真実と、あなたの真実は違う。
そして真実と現実は別物だ。

だからね、相手の言葉遣いとか、話してる内容とか、ネーミングセンスとかで、人間的に合う合わないを判断してしまう時がある。実際には会ってみななきゃ分からないのは重々承知だが。
合わない気がしているからそんなに会いたくもないのに会いに行く労力って、凄まじいよね。それだったらその力を別の有意義なことに使いたい。縁があればそれでもそのうち会うんだから。

はい、私は極端ですか?
これなんの日記や?ただの愚痴が逸れて行ってまた違う愚痴になっただけの愚痴日記やな。
たまにはね。
comment (-) @ 日々
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